トレードの上達と家族の幸せを繋げる

トレードの上達過程で自分の未熟さに気付いた男が、家族と共に幸せの本質へ一歩ずつ歩んでいきます。

人生の振り返り

こんにちはイチです。

 

今日はず~~っとやりたいと願い切望していて、でもなかなか進めることが出来なかった『過去に起こった出来事から、自分の人生の目的を紐解く』ということを、かなり時間をかけて行いましたので、決意の意味も込めて発信したいと思います。

概略

私はこれまで経済的な自由にフォーカスしてその達成に向けてひたすら取り組んできました。 

しかし、学びを重ねるにつれて、徐々に俯瞰した考えや、よりよいメンターに巡り会うことができ、またその中で自分自身の価値観も大きく変わっていきました。

 

過去、自分が追い求めていた経済的な自由、経済的な成功、これらはより広い視点で見れば人生の価値を構成する一部の要素でしかないため、それだけを追い求めることは、バランスが悪く、片手落ちなものだと身をもって経験することができたのです。



かつての自分の想い

かつて会社にいてバリバリ働いていた頃、「なんでこれだけ働く自分自身よりも、働かない上司の方が給料が上なんだ?」と疑問を抱いていました。

 

必死になって働いても、どうあがこうとも上司の給料を超えることはありえないため、そんなことを悶々と考えていたんです。

 

その目に写っていたのは現状の感謝すべき点や尊敬できる仲間、美しい景色、面白い出来事ではなく、同僚の至らない点、現状に対する不満、満たされることのないつまらない日々でした。

 

そんな中、4号機真っ盛りの頃にスロットと出会った私は、その隙間を埋めるようにのめり込んでいきました。

 

私は、もともと目に見える結果にこだわるタイプでした。スロットでも結果を出すことが可能だと分かったため、友人を誘いスロットに明け暮れる生活が続きます。その間、車を何台も買えるほどの金額を稼がせて頂きました。

 

一般的には負けるのが当たり前のこの世界で、結果を出し続けられたことにより、優越感を感じたのか、若干は満足するものの、それでもやはりどこかくすぶっている、まだ何かを求めている、そんな心境でした。

 

新たな世界を垣間見る

そんな中、奥さんから本田健さんの「幸せな小金持ち」の本を手渡されます。

 

この本の内容を一言で言えば、

「あなたもやりたいことを仕事にして、幸せな小金持ち(年収3000万)を目指しましょう。」

という内容だったのですが、この本を見て「自分も今の仕事ではなく、やりたいことで小金持ちを目指せるのかな?」そんな風に希望が芽生えたのを覚えています。

 

それまで、今までろくに何も学んでこなかった私でしたが、必死になってインターネットで色々調べました。

 

そして、そこに広がっていたのは、今までに見たことのない、無限の可能性が広がった世界でした。

 

投資との出会い

しかし、広すぎるがゆえにどこから手をつけて良いのかさっぱり分からない。そんな中出会ったのがロバートキヨサキさんの金持ち父さん貧乏父さんでした。

 

大須にパソコンを買いに行った際に、たまたま待ち時間をつぶそうと買ってみたこの本。

「労働者以外の働きには大きな可能性が眠っている」

「労働者のままではいけない」

そんなメッセージが込められた本に感化された私は、投資について学び始めました。

 

学びは出会いを生み、奥さんの知り合いの旦那さんが投資信託をやっているという話を聞き、その体験談から投資を一気に身近に感じた私は、数名の友人を誘い、あっという間に投資の世界を目指すことを決意します。

 

繰り返される失敗

そこからははっきり言って失敗の連続でした。

 

投資信託からスタートして長期投資(内藤忍さんとか、CFGとか)を勉強し、証券口座を開きまくったけど、「いや、結局数年に一度の上昇相場を捕らえるしかないじゃん。」となり、あまりの期待値(年利数%)の低さや、そもそも銀行が手数料ビジネスしてるって時点で、駄目だなと見切りをつけたり、

 

仲間とFXを勉強し、様々な手法を学ぶも、そもそも働きながらじゃ、そんなにたくさんトレードできないじゃんっ!って考えた結果、システムトレードに転身したり、

 

システムトレードでは、プログラミング言語(といっても、MQLがメイン)を覚えて自作のシステムを組み、自作・他作含め数百のプログラムを検証、改良したけど、結局ずっと機能し続けるロジックには辿り着けなかったり、

 

某有名システムトレーダーの方達とチームを組み、システムの発掘、評価、導入を分担して取り組むものの、有望なシステムには辿り着けなかったり、

 

「稼ぐ」と「増やす」は両輪だ!よって投資だけではなく、ビジネスも大切だ!と、物販・訪問・ネットワークビジネスに取り組んでみるものの、長続きしなかったり、せっかく続いたビジネスも法律が変わってしまったため、止めざるを得なかったり、

 

長期投資も自分でやるのは嫌だけど、それを運用してくれる人がいるならイイじゃんといって、某積立投資(Hansard、Friends Provident、RL、etc)を学びやってみるも、残念なIFAで運用結果は⤵、また解約の制約も厳しく、後悔したり、

 

海外不動産投資だ!といって、新興国現地の方との繋がりを作り、海外まで行って物件を見て回り、さぁ購入という所で別事業がこけて計画中止になったり、

 

投資はプロになるまでは自己運用ではなく、プロにお願いした方がいい!といって、プロの投資家の方20名ほどとお会いし、教えていただき、縁が繋がり、実際に運用されている場所・人にお会いしたりして、複数の運用先に振り分け運用を行うも、結局全て飛んでしまったり、

 

太陽光ビジネスだ!といって、設計から取り組んで計画していくものの、用地取得で地権者や不動産会社から裏切られ、計画執行できなかったり、

 

大まかに思い出せるところだけを掻い摘まんで紹介しても、これだけの失敗をしてきました。

 

(とは言え、時には1000万を超える損失を出しつつも、結果トータルは、ほぼ±0ですので、失敗以外にも上手く行った話も在るわけですが。)

 

当時、失敗から得たもの

散々失敗を積み上げた私でしたが、3年ほど前に大きく二つのことを悟りました。

 

1.自己成長することを基本に成功を目指すべき

色んな事をやってきましたが、取り組んだ内容を大きく分けると

「自己の成長を必要とするもの」と

「自己の成長を必要としないもの」に分けられます。

 

「自己の成長を必要とするもの」とは、

・投資を教えてくれるスクールに通ったり、

・投資手法を教えて貰ったり、

・コミュニケーション学を学んだり、

トップセールスマンが作成したプログラムを学んだり、

・数十万するセミナーに何度も通ったり、

・有名な自己啓発プログラムで学んだり、

 

セミナーとかだと、数万から数十万、各プログラムだと数十万から数百万が必要だったため、学習に総額300万円程度を掛けてきました。

 

一方、「自己の成長を必要としないもの」については、例えば他社(他者)が運用する投資商品への投資等がそれに当たります。

 

ですが、そういったお金の使い方は、その投資先が破綻したりしたとき、自分には何も残らなかったんです。

 

一時期、プロの投資家にあって、投資先を探し、資金を集める投資についての仕組みを学んだり、運用スタイルを学んだりしましたが、それらは正直その知識・経験は、その後に全く活かせていません。

 

自己学習以外のそういった商品への投資額だけでも総額数千万は使ってきましたが、これらはお金の増減が生じただけで、終わってみれば無意味なものだったと、虚無感を感じざるを得ませんでした。



2.どこかでは一つの道を歩み続ける必要がある

色々やってみる時期も必要だとは思いますが、軽く手を出しただけで、すんなりと真の成功にたどり着ける道なんて無いんだと思います。

 

『一つの道に集中し、一定の期間歩み続けなければ、真の成長には繋がらない。』というのが、私の実感です。

 

色々やって、右往左往してきた私の心境を、今から振り返ると、

『選んだ「道」で成功が決まる』という考えが奥底にあったように思います。

 

よって、Aを選んでは、Aで上手くいかないことをAのせいにして、

Bを選んでは、Bで上手くいかないことをBのせいにして、

Cを選んでは、Cで上手くいかないことをCのせいにしている訳です。

 

人は傷付くのを避けるのが本能ですから、『原因は自分にはない』そう考えてしまう、そう考えたい生き物です。

 

でも、よく考えてみれば分かることですが、多くの人が凌ぎを削っている世界で、何も積み上げたものが無いのに、『小手先で上手いことやれば簡単に結果が出せる』と考えるのは、無理があると分かるはずです。

 

しかし、逆に言えばどの道を選んだとしても、その道を歩み続けることができるのであれば、最終的には何らかの結果を出せる。

『どの道を選ぶか』という問題も大切ですが、その先に『歩み続けることができるか』という難関が待ち構えています。 




上記2点を『失敗から得られたもの』として挙げましたが、総括すると、自分の中に「楽して稼ぎたい」という思いがあったことが、ずっと足を引っ張り続けてきたのだと感じます。

 

「道」選定後の継続の苦しみ

これだけ右往左往した私でしたが、数多の失敗を経て、ようやく上記に書いたように「どの道を選んでも同じなのだから、今決めなければ永遠に決まらない。」と腹が決まり、自分の道を「トレード」と決めることが出来たのです。

 

しかし、ここからが正念場でした。

 

トレードについては、ある程度学んでいたため、それ相応の知識は持っていました。

よって、それまでに学んだ方法から考察して、様々な手法を試していきます。

 

その中で、

・機能したり機能しなかったりを経て、どこかで自暴自棄になって派手にやらかしたり、

・躊躇してEntry出来なかったり、

・そもそもルールまで待てなかったり、

・ルールを決めても数トレードしたら気持ちが変わって別のルールを作っていたり、

・練りに練って作ったルールも結局ルールを守れなかったり、

・肝心なところでEntryシグナルを見落としたり、

・ダメだと思っても飛びついたり、

・シンプルにしなきゃといってシンプルにしてもボロ負けだったり、

・特定の指標の数値にこだわったり、

 

挙げたら切りがありませんが、とにかく何を試しても勝てるようにならない。

 

ルール通りにやってもダメなので、途中で「よし、それだったらルールと逆をやるぞ!」と思い切った矢先に見事に逆行されたり、本当に、誰かが監視してるんじゃ!?と怒りを通り越して逆に笑えてくる、そんな経験を何度もしました。

 

それこそ1~2年位は勝ち方が見えず、途中「というか、本当にこの世の中にトレードで勝っている人なんて居ないんじゃないのか?」「トレードなんて、弱者から金を巻き上げるだけの巨悪なシステムに過ぎないんじゃないのか?」と、全く手ごたえの無い、暖簾に腕押し状態が続きました。

 

全く希望が見えない…この苦しみはいつまで続くのか…

 

苦しかったですが、何とかそれでも継続してこれたのは、共に歩む仲間がいたからです。

そして、更にトレードを継続していくと面白いことが起きました。

 

同じように学んでも異なる結果

みんなでおおよそ同じことを学んできているはずなのに、個人によって結果は大きく異なっていったのです。

 

トレードは基本的に個人で行うものであるため、それぞれ他のメンバーがどのようなことを考え、どのように実施しているが、厳密には分かりません。

しかし、事あるごとに情報共有していましたし、ほぼ共通の認識を持っているように見えたのです。でも結果は全く違いました。

 

私は悩みました。

個人個人、それぞれが自分の時間で見ている情報源は多少違うため、結果の出ている友人が見ているサイトが優れているのかなとも思いました。

よって、どんなサイトを見ているのかを聞いては、同じことを学んでみました。

 

それでも、結果は全く改善しません。



一体、何が違うのか…




分からないまま、とにかくトレードを続ける日々が続きました。続けて続けて続けて、延べ10000回近くのトレードを重ねる頃には、ようやく私も勝ち方が分かってきました。

 

しかし、相変わらず友人とは結果が異なったままです。(この頃、私がPF2とか3だったのに対し、一番結果がでている友人は8以上を叩き出していました。)

 

見えている世界

そんな中、一度友人に目の前でトレードを実施して貰ったんですね。

そしたら、

「ここで抜けたけど、この高値を抜けてないから、まだ揉み合いそう。」

「ココを抜けたから、この辺りまでは伸びそう。」

そんな、事を言いながら進めるのですが、それが本当にその通りになるんですね。(当然、100%ではありませんが。)

 

私は衝撃を受けました。

友人のトレードを見て感じたこと。それは、

『同じチャートを見ていても、見えている景色が全く異なる。』 ということでした。

 

今なら「私と友人は、何が違っていたのか」よく分かるのですが、当時は、分かりませんでした。

 

メンタル7割

結果が出る人と出ない人の違いについては相変わらず分かりませんでしたが、様々な書物や先人たちの教えを紐解くと、スキルではなくメンタルの問題が大半を占めているということは間違いなさそうでした。

この点に関しては他の友人とも何度も意見を重ねましたが、満場一致で間違いないという見解に。

トレードの本については、かなりの数を読んでいましたし、その中でもメンタルの大切さについては触れられていましたので、それなりの知識はありました。

しかし、皆で話をしていても、いざ自分のメンタルを改善するために、具体的にはどうしたら良いか?について考えると、途端に良く分からなくなるという不思議な状況に陥っていました。

 

師との巡り合わせ

相変わらずトレードをひたむきに続けていたある日、友人がとある一人のトレーダーの方の講座を紹介してくれました。

本当はその友人も、その方からの講座を受けたいと考えていたようですが、講座の募集のタイミングが合わなかったため、別の方の講座を受講していたため、私に紹介してくれたのです。

 

せっかく友人が持ってきてくれた話だったので、その講座は受講することにしました。これが現在の師であるトレーダーの方との出会いのきっかけです。

 

私はそのトレーダーの方を全く知らなかったので、インターネットで色々と調べてみました。すると、ブログや YouTube などでも多くの記事や動画を配信しており、その中身を見てみると、アフェリがやりたいだけのにわかトレーダーではない様子。

いや、膨大な情報を配信しており、そのどれもが納得できるものや、目からウロコの内容が多かったのでこれは本物だと直感的に感じました。

 

講座の初受講

待ちに待った初受講の日。記念すべき初回は、スカイプを用いたオンラインによるセミナーだったのですが、受講してみて二つの事に驚くことになります。

 

一つ目は、トレードの技術的な事には一切触れられなかったという点です。いや、技術が云々ではなく、ほとんどトレードに軸がある訳ではなかったのです。これに関しては、トレードを学ぶ気満々だった私としては、正直ショックでした。

 

二つ目は、話をされている内容がぶっ飛んでいたという点です。ぶっ飛んでるというのは、何と言うか、意味が分からない・捉えられない部分が多分にあったんです。「始めは分からなくても大丈夫です。」と言って頂けるのですが、正直『この先どうなるんだろう…。失敗しちゃったかな?』そう感じたほどです。



分からない・捉えられないという戸惑いはありましたが、それでも「この人はこれまでに出会ってきた人とは明らかに違う。」という直感や期待感はありました。

 

数十万という金額を払っていますし、今更後戻りはできない私は、そのまま学びを継続していくことになります。

 

6ヶ月の講座だったわけですが、序盤では主に考え方について、ひたすら学び詰め込んでいきました。

これまで色々と学んできたにも関わらず、全く聞いたことのない考え方も多くあったため、内心「本当にそうなの?」と疑念が生じることもしばしば。

ともあれ、学びを継続し、考え方に対するフレームをインストールしていったのです。

学びは日常全て

私がこれまでに取り組んできた経済活動は、その活動を行っている時だけが学びでした。

よって、例えば仕事をしている時間や、家族といる時間、友人といる時間、町を歩いている時間、それらは経済的な視点から見ると全て『無駄な時間』だと考えていました。

 

しかし、師からの教えは違いました。

 

そう、全ての時間が学びに繋げることができるというのです。

 

日常の中で何を実践していけばいいのか、どんな所に気をつければいいのか?

それが、何故必要なのか?

 

そういったことを学びながら、日々の具体的な実践を積み重ねていきました。

 

成長を実感する

そういった生活を続けていくと、開始1~2ヵ月頃からちょっとした驚きが続くようになりました。

それは、講座ではじめに学んだ事やフレームが自分の中で繋がる・腑に落ちる、そんな経験をし始めたのです。

 

例えば一つ例を挙げますと…

 

学びの中には「エネルギーの概念」というものがあります。

エネルギーっていうと、熱とか運動量とか具体的に計測できる実体的なものを思い浮かべるかもしれませんが、それだけではなく、やる気、元気、健康といった数値では図れないものも含めてエネルギーと捉えます。

 

エネルギーですから、高めるためには「漏らさない、貯める、効率を高める」ことが大切になるのですが、先ずは漏れを防ぐことを勧めれます。

 

漏れの原因も色々と教えて頂いたのですが、その一つが「期待」からくるエネルギー漏れです。人は、期待をするとそれが裏切られたときにエネルギーが漏れるんですね。

これって、言葉で説明したら何となく理解できる人もいると思うのですが、その漏れを実際に防ぐための方法を学び、実際に積み重ね、改善してきました。

 

すると、日常の中で、例えば、奥さんに期待しそれが叶わなかった時「何でおかえり、お疲れさまの一言も無いんだよ!」とイラつくことでエネルギーが漏れてしまい、今度は私が不満をぶつけ、更に関係が悪化、最終的に泥沼状態に…

そう、それはトレードでほんの些細なミスから嫌な気分に飲まれてしまい、感情トレードを繰り返してしまい大損失を招いてしまう。それと同じ状況。

 

今までなら、そんな状況に陥っていたところが、その気持ちを克服出来ている事に気付いたんです。

今では、同じシーンに遭遇するたびに「あ!今までならここでエネルギー漏れてたわ!」とその効果を実感します。先に紹介したような事例が今起きても、逆にこちらから「今日もお疲れさま」と声をかけ、楽しい会話に繋げることができるようになっています。

 

本当に真逆です。

 

一例を挙げましたが、他にもいくつもの改善を実感してきました。



価値について考える

私たちは、物に囲まれて生きています。ジュースや食料品、衣服に家電、全て無いと生活できなくて、それらは自分が『価値がある』と認めたうえで購入しています。

 

これまで、物販や訪問販売、ネットワークビジネスも行ったことがあるわけですが、その際最終的に考えさせられたのは『本当にこの商品に価値があるのか』ということです。

 

販売側に回るという事は、その行為によって利益を得るのですから、当然『私情』を挟みます。

よほどの悪人でない限り、粗悪品を騙したり煽ったりして売り裁こうという人は居ないと思いますが、良いとも悪いとも言えない商品でも、自分が売ろうと思うと『私情』が挟まり、『これは良い商品だ』とバイアスが掛かる訳です。

 

かく言う私も、粗悪品を扱ったことは無い(本当か!?)にせよ、今から思うとそれほど価値を感じない商品を扱ったこともあります。

それを販売して貰おうとする元会社は、「この商品はこんなに良い商品だ。」という教育の名の洗脳に力を入れます。また、同時に「こんなにチャンスなので、大きく稼げますよ!」と煽ります。

 

自分もチャンスを掴みたいと考えている訳ですから、徐々に「これはいい商品なんだ!」と思い込み始めます。

 

しかし、取り組みを続ける中、何かの拍子にふと我に返り考えるのです。

 

『本当にこの商品に価値があるのか?』

『これが、私の人生でやりたいことなのか?』

 

多くの人は、ここで立ち止まります。

そして、そのまま心の声に耳をふさぎまた歩みを進める人もいれば、

別の道を模索する人もいます。



私は、これまで心の中で『何かが違う』と感じ、別の道を模索しまくってきた訳です。

 

真の価値とは

それでは、真の価値とは一体何なのか?

これに関しては、一つの答えがある訳ではありませんが、これまでの学びや経験から、

 

『その人の人生の質を向上させてくれるもの』

 

だと私は考えています。

 

それは、食べ物かもしれませんし、音楽かもしれませんし、装飾品かもしれません。

また、誰かとの食事の機会かもしれませんし、スキルアップの機会かもしれませんし、はたまた過去の苦い経験の再定義かもしれません。

 

いずれにしろ、『その人の人生の質を向上させてくれるもの』であれば、それは価値があると言えるでしょう。

 

真の価値に巡り合えた

そしてその視点から見たら、今の師からの学びは私の人生の質を激変させました。

 

それほどに、視野が広く、本質を捉え、現実を変える力があったのです。

 

視野が広いから、進んだ先で、「後から道を間違えていたことに気付くかも」という恐れを抱くことなく、

本質が捉えられているから、仕事、人間関係、トレードなど幅広く応用が効き、

現実を変える力があるから、本当に自分の人生が前進していくことを実感できます。

 

これまでの学びが色褪せてしまうほどに、今の師との出会いは「真の価値に巡り合えた」と実感させてくれるものでした。



更なる驚き

そんな感動を味わっていた最中、もう一つ驚きがありました。

それは、私の師にも更に師がおり、その師にもさらなる師がいる。

そんな事を知ったのです。

 

しかも、その方たちが本当に底知れない知識と経験をお持ちで…

 

もう、そのレベルになるとここには書ききれないので、また追い追い紹介していきたいですが。

とにかく、一生かかっても学びきれない程の英知がそこにはある。

そう断言できる世界が、私の師の背後には広がっていたのです。

 

私がやりたいと感じてること①

私がビジネスや投資に目を向け始めた時、私には全く知識がありませんでした。でも、「経済的自由には大きな価値がある!絶対に目指したい!絶対に達成できる!」そう強く思い込んでいたため、その思い込みの強さから周りを巻き込み、ひたすら突き進みました。

 

その後、前述の通り多くの失敗を繰り返す中、途中仲間が離脱してしまうこともありましたが、何とかここまでやってこれました。

 

不思議なもので、何も知らない頃は上記の通り思い込みが強く、その結果「これ、絶対にいいから、一緒にやろうぜ!」と巻き込んでいく力が強かったのですが、失敗を繰り返す中でおいそれと一緒にやろうと誘う気力は無くなっていったんです。

 

それまで、自分たちでも沢山の書物を読んだり、セミナーを受講したり、多くの方と出会ったりして学ばせて頂いたのですが、私自身が経済的な成功しか見えていなかったので、得られる情報や、出会う方もお金やメリットといった経済面に重きを置かれている方ばかりでしたし、そこで得られた学びを実践しても自分自身の成長を実感できず、誰かを巻き込んだとしても、その人に自信を持って提供できるものが無かったからです。

 

しかし、現在の師や教えに巡り合い、学びを実践する中で成長を実感するうちに、

 

『ここでの学びや環境を必要としている方達のお役に立ちたい!』

『過去の自分に教えてあげたい!』

『家訓にして代々受け継いでいきたい!!』

 

そして、

 

『今から何かを目指す人や、何かを既に目指し歩んでいる人、成したけど何だか心が満たされないと感じている人、そういった方と共に成長していきたい!!』

 

そう強く感じるようになりました。

 

私がやりたいと感じていること②

また、今振り返ると、何かやろうと思い立った背景には、自分の中の満たされない気持ちが潜んでいると思います。

満たされない気持ちを、他の何かで満たそうと様々な取り組みを行った結果、外部から得られるものでは自分の心は満たすことが出来ないと諭されます。

 

分かり易いところで言えば、お金ですよね。

お金を欲した先に、どこかで満たされれば良いのですが、カルロスゴーンさんの事例でいえば、あれだけのお金を持っていても、満たされていなかったことが分かります。

 

トレードで言えば、自分が勝てない原因は情報、知識、手法、技術といった外部にあると考えることが、それに当たります。

確かに、一定のレベルに到達するまではそれらも必要なので、そこで躓いている人も多いのですが、それを越えるとやはり自分の内面、すなわちメンタルの問題を乗り越える必要が必ず出てきます。

 

また、夫婦関係で言えば、ずっとパートナーに満たして欲しいと思っていました。

満たされるためには、奥さんから愛して貰う必要があると信じ、ひたすら奥さんを変えようと試みていたからです。

しかし、学んでいく中で、愛されるためには自分から愛することが必要で、自分から愛するためには、先ず自分は既に満たされていると気付くこと、そして奥さんや周りの人に愛情を注ぐことで、結果として愛されるということを知りました。

 

私もまだまだ精進が必要ですが、それでもおかげさまで少しずつ自分の内面が変わり、それに伴い奥さんや周りとの関係が変わってきているのを実感しています。

 

自分の外に求めて、巡り巡って自分の内面に戻ってくる。

「答えは自分の中にある」という言葉は知っていましたが、それが本当に腑に落ちたのは、相当な数の失敗を経て、ある意味諦めの境地に達している中、師から厳しくも優しい対話を通じて諭されてからでした。

 

これが腑に落ちてから、ようやく初めて自己を変革する(本来の自分を取り戻す)ことに目が向き、「気付きを得られる」「成長を感じられる」「充実感を得られる」「一体感を得られる」そんな満たされた日々を積み重ねられる様になっていったのです。

 

また、逆に教える側の立場として、

 

✔決して運動神経が良いとは言えない長女の自転車の練習に、『絶対に出来る』と信じ・勇気付け・付き添った結果、『乗れない』という感覚から『乗れる』という感覚に転換した時

 

✔自分の世界に入り込み視野が狭くなってしまう癖があった、悪評で有名な後輩に、『先ずこの一点を変化させることが、後輩の成長に繋がる』と信じ・伝え続けた結果、『入り込んだ状態から抜けられる』ことに後輩が気付いた時

 

まるで自分の事のように嬉しく、共に喜び合う事ができ、かけがえのない瞬間を経験しました。

 

これらは自分が持つパラダイムが転換した瞬間であり、その価値・喜びの大きさは、知識を教えただけでは決して到達することが出来ません。

 

そういったパラダイムが転換するような経験に関わることができて、それが達せられた瞬間の感動を共に喜び合いたい!そう感じるようになったのです。



成長に欠かせない仲間に囲まれるという環境

現在、私は共に学ぶ仲間や、友人たちと共に日々成長を報告し合ったりすることで、お互いに良い刺激を受け、支え合っています。

 

逆にこれまではどうだったかというと、トレードは基本一人で実施するものという認識があったため、仲間はいるものの、活動はそれぞれ別々という形になっていました。

 

しかし、師から学ぶ中で「仲間と報告し合う場を作る」ことの大切さを教わります。というのも、私たちは基本的に怠け者なので、一人で実施しているとどうしても甘えが出てしまうものだからです。

 

例えば、あなたが現在サラリーマンだったとしましょう。会社に出社したものの、今日は誰もいません。そんな中、いつも通り仕事が出来るでしょうか?

はたまた、サラリーマンだった人がサラリーマンを辞めて、いきなり家で働くことになった場合、会社で働いていたのと同じだけ働くことが出来るでしょうか?

 

答えは『非常に難しい』です。

 

その理由は、私たちは周囲の方達の期待の影響を受けているからです。仕事中は、基本的には多くの上司や同僚から「アイツは今日も会社に来て、一日仕事をするだろう。」と期待されているでしょう。そんな周囲の人の目(期待)によって、自分自信もサボらずに一日仕事が出来ているのです。

 

これは「教師が成長すると期待している教え子は、実際に成長する。」というピグマリオン効果としても知られています。

 

その環境の効果

実際、仲間に囲まれて学びを続けていますが、それまでとは比べ物にならない速さで成長出来ています。

 

その理由の一つ目としては、前述した通り、日々報告し合う環境があります。

例えば、ランニングやダイエットをしようと意気込んでも、なかなか継続できませんよね。逆に、会社に出社するってのは、嫌だったとしても3日坊主になってしまう人ってのはほとんどいないと思います。それは、労働契約があるからという側面もあるのですが、契約があったとしても、その職場に誰もいなかったら、例えば出社は遅くなったりするのでは無いでしょうか。

そういった意味で、みんなから影響を受けることで、学びを継続できるというのが、成長できる一つ目の理由です。

 

二つ目としては、他の方の学びを自分の知識・経験とすることができるということです。

自分一人が経験する出来事というのは、どうしても限度があります。そんな中、共に学び取り組んでいく仲間と報告し合える場があるということは、自分の学びの速度をあげてくれることになります。

 

また、成長の速さとは別の観点からも良い点が幾つかあります。

一つは歩む中で仲間ができるということです。

同じ方向性を持った仲間の存在は、私たちの人生を豊かにしますが、そういった仲間は苦楽を共に歩んだ先に出来るものです。せっかく学びを続けるのですから、同時に仲間を増やさない手は無いと感じます。

 

もう一つは、自分以外の人のために動けるようになる事です。

支え合いを続けていると、本当に苦しい時に助けられることが多々あります。そういった経験から、自分もみんなの役に立ちたいと思えるようになります。

誰かのために行動するというのは、人生を豊かにするための重要な要素ですから、これを身に付けられるというのは、更にその先のステージを切り開くために必ず役に立ちます。



学びのスピードという観点

私は仕事上で、知識や経験を皆さんにお伝えすることがあります。

また、一時期運営していたコミュニティーでも、セミナーを行ったりもしていました。

私の師も当然、門下生に教鞭をふるわれているのですが、誰しも教える側に立てば分かることがあります。それは、『一番学べるのは教師である』ということです。

 

よく、「インプットとアウトプットの黄金比は3:7」と言われることからも分かりますね。

 

よって、これまでに得てきた、そして現在も日々学んでいる内容を、受け取り活かしてくれる方に伝える事で、自分自身も更に成長したい、そう考えています。

 

エネルギー循環という観点

また、知識をインプットするだけでは効果が薄いのと同じように、エネルギーも留めるだけではその真価を発揮できません。

自分で貯められるエネルギー量には限度があるため、そのエネルギーだけでは成せる事柄に限度があります。

 

本当に大きなことを成しえようと思うと、もっと多くのエネルギーが必要となるため、最終的にはエネルギー循環の関係を構築することの大切さに行きつきます。

 

例えば、「苦しい時に友人かから、思いやりのある温かい言葉をかけて貰ったとたん、体から力が湧いてきた。」といったような経験はないでしょうか?

 

そのような現象からも分かるように、エネルギーは人を介して移動するのですが、エネルギーを与えて与えて、それが戻ってきて戻ってきて、自分を通し流出と流入が繰り返される。川の水(エネルギー)が、自分を通してどんどん流れている。そんな状況を構築すると、前談の『力が湧いてくる』状態が続くことになります。

 

この感覚が分かると、独りよがりな願望を達成しようとしても誰からも応援されない=エネルギーが戻ってこない=結果的にその達成が難しくなる。という構図が理解できるのではないでしょうか。

 

自分さえ結果を出せればよいという考えが、全ての基軸となるエネルギーという視点で考えれば、無謀な願望だという事が、これまでの経験を通して身に染みて分かりました。

そして何を目指すのか

ここまで書いてきて、正直手が止まりました。

私はその先に何がしたいのか?それを考えさせられたからです。

 

辺りを見渡した時、活躍されている方々を見ると

・働きに希望を持てる社会を作りたい

・食事の安全を少しでも高められるようにしたい

・住み心地の良い地域にしたい

・戦争の無い世の中にしたい

等々、自分の目指す理想を掲げられています。

 

一方私は、、?

自分がこれまでやってきたこと、巡り合った方や考え方、それを実践して改善を実感している。そして、それを他の方にもお伝えしていきたい。

真実であり、本音ですが、

『私はその先に何がしたいのか?』

『私はその先に何を達成したいのか?』

ここにぶつかり思考を深めた時、

『自分自身の魂の衝動を、心が感じる方向性を明らかにする必要性』を感じ、そのためには、ずっと触れてこなかった、語ることが出来なかった自分の過去に触れる必要がある、そう感じました。

 

私の過去(家庭)

私は、岐阜県のとある田舎生まれで、両親と祖母に育てられ、兄弟は弟がいます。

家は築100年近く経っており、雨漏りがひどく、雨が降るとバケツを色んな所にセットして水を受けていた、そんな古い家でした。

 

また、お風呂は薪にボイラーで火をつけるタイプだったので、火を付けお風呂に入れる位に温まってから入ると、その後残り火でどんどん風呂が熱くなり、いつも顔を真っ赤にして熱いお風呂に入っていたのを思い出します。

 

小便所は、穴が掘ってある所に貯めて、おばあちゃんが野菜の肥料にしていました。

 

古い家であったことと、かなりの貧乏だったことから、母親はかなり苦労したようで、そのため私が小さいころから外に働きに出ていました。

 

とにかく、家にお金が無いという感覚はあったので、早く働きに出たいといつしか思うようになっていました。



両親は、昔からパチンコが好きで、私と弟は小学生のころから車で一緒に連れられて、パチンコ屋に出入りしていました。

 

今では、子供をパチンコ屋に連れてはいるなんで絶対に出来ないし、そうしている人もいないのですが、もう30年以上前の話ですから、当時はまだ緩かったですね。

とは言え、同じように連れてこられている子供なんて、ほとんど見た記憶はないのですが。

 

親がパチンコで大当たりをたくさん引くと100円くれたので、店の外から見ていては、親が座っている席の「大当たりのランプ」が点くと嬉しくなって親の元へ走って行っていたのを覚えています。

 

また、両親が働いていたということもあり、小さいころにゲーム(ファミコンですよね)を買い与えて貰い、それからはゲームばっかりしていました。

 

逆に、家で父親とキャッチボール的な遊びをした記憶は、ほとんどありません。ですが、背が高く格好いい父のことは、結構好きでした。



私の過去(交友関係)

田舎特有なのか、徒歩圏内の近所には同級生がおらず、遊ぶと言ったら弟と遊ぶとか、山や川で遊んでいることが大半でした。

 

また、両親が働いていたことから、祖母にいつも面倒を見て貰っていました。だから、おばちゃんっ子でした。

 

環境や、親の影響もあって、今から振り返ると、年の近い友達と遊んで揉まれる機会が少なく、とにかく「友達関係に疎い子供」だったように思います。

 

今にして思えば、『友達を大切にする』ってのは、当たり前の価値観なのですが、社会人になるまで『友達を大切にする』って概念を持ったことすらほとんどなく、友達と遊んだとしても相手の都合など考えずに、自分のやりたいことばかりを優先していたように思います。

 

私の過去(学生時代)

私は基本的にお調子者なので、輪に溶け込むのは割と早い方だったのですが、上記に挙げた『友達を大切にする』って概念が無かったり、相手の都合を考えないところがありました。

 

中学校の時って、スポーツ万能な人が力とか影響力を持つことが多いですよね。

体育で大縄跳びの練習をしている時、そんな影響力を持った彼が大繩を回していました。

私がグランドから校舎に戻る時、大繩は休んでいたため、その間を通らせてもらったんです。そしたら、「おい!引き返せよ!」とその影響力を持った彼が怒ってきたのです。

 

そんな今更戻っても、何がどうなる訳ではありませんし、言いなりになって戻るのも『癪(しゃく)』なので、そのまま無視して通過していきました。

 

先に述べた私の『相手の都合を考えないところ』や、『意地っ張り』『権力に屈したくない』といったところが出てしまったことから、結局その彼に目を付けられ、中学3年生の後期に、急に『シカト』されるようになります。

 

お調子者の私は、それまで、割とクラスのムードメーカー的な存在だったのですが、一気に多くの人たちが誰も口を聞いてくれなくなるのです。

正直、これは応えました。

本当にどうしたら良いのか、サッパリ分からないんですよね。

 

何となく、『あれが原因なのかな?』という事件はあったのですが、それにも確信がある訳ではなく、また確信があったとしても、謝れていたのか…

いずれにしろ、そんな状況になってしまった私は、休み時間教室に居づらいため、図書館に行っては、本を読み漁り… とはなりませんでしたが(いや、読んどけよ!)、本は読まずに、図書館に居た誰かかれかと、遊んで過ごしました。

 

高校生になると、持ち前のお調子者パワーで、またクラスのムードメーカーに返り咲きます。1年生の頃から、俺が生徒会長をやる!と公言して、実際に3年生で生徒会長をやったりと、楽しく過ごすことが出来ました。

 

が、、何と、また中学校と同じような過ちを犯してしまいます。

そう、中学校の時と同じように、高校の後期にもまた『シカト』されてしまったのです。

この原因として、思い当たる事件が一つありました。

 

不便な所にも関わらず友人が我が家に遊びに来てくれまして、楽しく遊んだ後、友人を駅まで送りました。

そして、何かを買おうとしたのか、財布を出すと中にあったはずの5000円が無くなっていたのです。

貧乏だったからなのか、お金に対する執着が強く、何故なくなったのか?を考え続けた結果、友人を疑ってしまったのです。

 

結局、お金は財布の別の場所から出てきました。

その事件が原因だったのかは分かりませんが、私はまた高校生活の終盤に、またもや多くの友人を失ってしまいました。

 

中学校、高校と立て続けに、しかも終盤にそんな事件があったため、ごく一部の友人を除き、友人をほとんど失ってしまったのです。

 

私の過去(社会人)

社会に出てからは、地元を離れ、また新たな生活が始まりました。

企業に就職したため、当然社内の友人も出来ましたし、それ以外の交友関係も徐々に広がっていきました。

 

交友関係も充実し、仕事も頑張っていました。

そんな中、冒頭の「かつての自分の想い」に話は繋がっていきます。

 

私は、会社以外の経済的な活動の魅力に魅せられた結果、

『俺は、絶対に自分で稼げるようになって、自分のやりたいことを仕事にして、自由に生きるんだ!』

という想いを抱くようになり、自分のエネルギーを会社以外にも、割いていくこととなります。

 

そういいながらも、仕事には重きを置いているので、会社の仕事もそれなりにしっかりとやっているという、生活を続けました。

 

ただ、経済的な活動を続ける中で、どうしても

・仕事勤めしてる人は基本的にやる気が無い・甘い

・自分で稼げるようになる事の方が価値がある

・勤め人とは連るむ価値が無い

という、偏った価値観に侵食されていき、次第に付き合う人を限定するようになっていきます。

 

そして、そんなことを続けるうちに、またもやせっかくの友人達と縁遠くなり、孤独感を味わうことが多くなっていったのです。



中学校時代、高校時代、そして社会人になってからの三つの事象は、偶然起きた訳ではありません。

起こった事象の原因は100%自分にあります。

しかも、同じような事象が3件も立て続けに起きているのですから、自分の中のなんらかの根本的な問題があるはずなのです。

 

それでは、「自分の中の問題」とは、一体何だったのか?

 

自分の中に潜む問題(対人関係)

私は、お調子者だったため、その場が盛り上がるようなことを行うのが好きです。ただ、それを行ったとき「相手がどう思うのか?」という事は、ほとんど考えられていませんでした。

 

相手の目線から考えられない、相手を大切に出来ていない。

 

思えば、社会に出てからの私の行動も、仕事のパフォーマンスを重視して、相手を見ていないことが多かったです。

 

よって、一つの問題は間違いなく『他者に対する私の価値観』がもたらしたと思います。

 

アドラーは、適切な対人関係を築くためには、

『「自己への執着」から、「他者への関心」へ切り替える必要がある。』と言っています。

 

確かに私のこれまでの行動を振り返ると、自分の都合ばかりを考えていて、相手の都合を考えていないことが多かったです。

 

同時に、そんな人間が「他者への関心」を示せるわけが無い。

この世の中は、与えたものが鏡のように返ってくる原則があるので、他者への関心を示さなかったら、他者からも関心を示されない。因果応報ですね。

 

自分の中に潜む問題(お金に対する価値観)

また、もう一つの問題としては、「お金に対する価値観」だと思います。

 

先に述べたように昔から我が家はお金が無かったわけですが、おばあちゃんからは

「絶対に財布はカバンにしっかりと入れとかなあかんよ!」

「知らない人を見たら、泥棒と思わなあかんよ!」

と口酸っぱく言われていたりと、他人よりもお金に対する執着が強かったのは間違いありません。

 

これまで書いてきたこと以外にも、お金に重きを置き過ぎていたことから生じたトラブルは幾つかありました。

 

でも、

・お金に重きを置いて活動してきた過去

・その価値観から抜けて活動する現在

双方を経験しているからこそ、人生における満足度・幸福感・充実感を高めるためには、後者が重要であると断言できます。



親になって感じること

そんな、割と辛い過去もあった私ですが、現在では結婚もして、子供もいます。

 

そして、時折考えることがあるんです。

「もしも、子供が私と同様の状態になったら、何と声をかけてあげるのだろうか?」

 

答えは、間違いなく

「絶対に大丈夫だよ!必ず道は開けるから!」

そう断言するでしょう。

 

そりゃそうです。何故なら、道は開けてきたから。何度でも。

 

しかし、子供は「言われた事がやれるようになる」訳ではなく、「親がやっていることをやるようになる」のですから、私が親として子供にしてあげられるのは、

『私が現在感じる理想を、身をもって体現する』こと、

つまり背中で語るしかないです。



そして何を目指すのかの答え

自分自身が何を目指すのか?

その答えが出せるかも… と感じ、自分の過去を振り返り、さらけ出してみましたが、現在の結論としては、『今はよく分からない』です。

 

ただ、振り返りの中で一番強く感じたこと。それは、交友関係が断たれた時や、トレードで結果が全く出ない時、『希望を持てない時』が一番苦しかった、という事です。

それ以外にも、会社生活でメンタルになりかけた時も、奥さんとの関係を一向に前進させられない時期も、同様に希望を持てず苦しかった。

 

そんな経験も、諦めずに継続していれば、その先に何らかの『希望』が見えてきました。

いや、逆に『希望』が見えたから、諦めずに継続してこれたのかもしれません。

 

いずれにしろ、その経験から私が心底思う事、それは、

 

『自分が接する全ての人に、希望を持って生きて欲しい。』

 

ということです。理由は、私自身が『希望が持てない時期は辛かった。』からです。



そして、私自身の経験や、これまでの学び、これからの学びにより、

・お金の問題

・対人関係の問題

・夫婦関係の問題

・自己成長の問題

・会社での問題

等々、恐らくここに書いた以外のどんな問題でも、何らかの解決の糸口には繋げられると思います。それは、私自身が乗り越えたことは多くはありませんが、色んな問題を乗り越える中で、

 

『どんな問題も、抽象度を上げれば何らかの共通性がある』ことや、

『自分が繋げられなくても、自分以外の英知を頼れば何とかなる』

ことを経験してきたからです。

 

全ての活力は欲求・願望

私は、やる気がある人を心底尊敬します。

どんなことでも、原理原則を学び、正しい方法を積み重ねれば、絶対に結果に繋がります。

 

ただ、逆に言えば、どれだけ正しい知識があっても、行動しなければ一向に状況は改善しません。

 

人が行動するためには、「上手く喋れるようになりたい」「もっと稼げるようになりたい」「相手との関係性を深めたい」「もっと人生を良くしたい」等々、何でもいい。何でもいいので、何らかの欲求や願望が必要です。これが原動力になります。

 

しかし、これまで関わった方々の中には、こういった欲求や願望が無い人もいました。

 

だから、その欲求や願望が何であれ、そこにやる気が存在するのであれば、必ず自分の人生を前進させる事ができます。

 

最長老さまの力

私が、今の師に出会って、かつ学びを続けていった時に感じたのは、ドラゴンボールに出てきたナメック星の『最長老さま』が潜在能力を引き出すシーンでした。

別に、運動により体力づくりをした訳でもなければ、現状が変わった訳でもないのに、

 

・活力が自然に湧き上がってきたり

・睡眠時間を削っても疲れなかったり

・幸せを感じられる機会が増えたり

・精神的な安定性が上がったり

・楽しく喋れたり

 

と、節々に自分の変化が感じられたのです。

 

学びに必要だったこと

何事をやるにも、頭が良いに越したことはないでしょう。

しかし、私は高卒(工業)ですし、頭も決して良くはなく、学生時代に読んだ本は、中学校の時に読んだ「ドラゴンクエスト」の小説位です。

 

そんな私でも、十分に理解できることしかやってきていません。

 

学んできた中で感じるのは、『本当に大切な事』は、意外に『高度な知識』を必要としないのだなということです。

 

効果を実感するたびに、当然誰かに勧めたくなるものですが、奥さんにも簡単なイラストで伝えています。

 

私の価値観に影響を与えた最大の事件

ここまで、色々とさらけ出してきましたが、ここまででまだ私が書けていなかった一番の事件が残っていました。

今思えば、この事件が、このタイミングで起こったからこそ、現在の私の価値観が構成されたのだと、記事を起こしていて気付きました。

 

突然の知らせ

私が投資と出会い、学びを深めている頃の出来事です。

仕事の関係で、とある施設でイベントを行っていた時、母から電話がかかってきました。

母は電話の向こうで泣いているようです。どうしたのか尋ねると、

「お父さんがガンになっちゃった。」

え…?

血の気が引くと共に、私の時間は一瞬止まりました。

 

落ち着いてから聞いた結果、会社の健康診断で引っかかったため、医者に診て貰うと、ある数値が高く、その原因を色んな検査を行って探っていった結果、「すい臓がん」であることが分かったというのです。

 

そして、その事実は父には知らせていないこと、そして、次の休みには父を除く家族みんなで病院へ行って、検査結果の詳細を聞きにいかなければならないことを告げられました。

 

現実の告知

検査結果を聞きに病院へ伺いました。

病院では、先生から淡々とこれまでの検査の経緯が述べられます。そして、その検査の結果、すい臓がんのステージⅣであること、さらに余命半年程度であることを告げられます。

 

先生から、父に事実を明かすかを先生に尋ねられましたが、母は父の性格上、そんなことを知ったら酷く落ち込んでしまうと考え、『ガンであることは隠しきれないので告げるものの、余命については告知はしない。』という方針を伝えました。

 

私は、病気のことは受け入れられましたが、余命については正直受け入れられていませんでした。というのも、現時点では本人はピンピンしているので、余命半年と言われても全く現実感が湧かなかったからです。

 

この時、父はどんな顔をしていて、どんな話をしたのか、自分もどんな顔で話をしていたのか、思い出せません。

 

闘いの日々

ここから父の死の宣告を受け入れられない私は、

「医学の世界は日進月歩じゃないか。医者は無理だというが、本当にそうなのだろうか?何とかなる方法がまだ残されているんじゃ?」

そのような考えから、とにかくガンについての情報を集め続けました。

 

しかし、当然のことながら、すい臓がんのステージⅣというのは調べれば調べるほど、今から完治するというのは、非現実的であるということを突き付けられます。

 

それでも一向に諦めが付かない私は、最新の医療や、代替療法、健康食品など、様々な情報を調べます。しかし、細かく調べれば調べるほど、色んな情報が出てくるため、一体何が本当なのか?判断が付かない状態に陥ってしまいます。

 

当時、投資を始めた後に色んな方と出会っており、その中で色んなサプリに詳しい方がいたため、藁にも縋る想いでその人に相談をしてみましたが、結果としては力には成れないというお返事でした。

 

また、時を同じくしてお父様がガンになられている会社の先輩がいたので、その先輩にも色々と相談しました。すると、ガンになると高額治療にかかる費用を年間100万まで出してくれる制度が会社にはあるということを知り、そこから代替治療を調べて、東京を始め色んな所に治療に連れて行ったりもしました。

 

その他、サプリの紹介を何件か受けたり、野菜ジュースを自分で作って飲ませたり、電解還元水の装置を買って家に設置したり、本当に短期間に色んなことを調べて行いました。

しかしながら、徐々に「やはり困難であることには変わりない。」という事実を受け入れざるを得ない、そんな心境になっていきました。

 

闘病の中で

また、並行して、家族で泊まりや日帰りで旅行に行ったりと、思い出作りも行いました。

実家に帰って、近所の墓掃除に父と出かけた際、近所のおばあさんから「あれ~、(父)君、退院したんかね?」と聞かれているところを見た時、

『今、目の前に居る父は、数か月後には本当に居なくなってしまうのだろうか?』

と、今まで感じたことのない気持ちになったのを覚えています。

 

また、ガンであることを知った親戚が、一同実家に集まったことがありました。

親戚の中でも、特に父のことを気にかけてくれた、とても感受性の高い方が見えたのですが、その方は、父の為に「詩」を作ってくれて、それを読み上げた後、父と泣きながら抱き合われているのを見ました。

父が泣いている姿など、それまで見たことは無かったですが、父と親戚のその姿は、とても美しく、心が熱くなりましたが、同時に長男である私は『泣いてはいけない。』とその心を無意識に抑え込んでいました。

 

覚悟の期間

余命半年と言われてから4か月が過ぎても、時折、苦しい状況もあったようですが、まだまだ本人は普通の生活をしていました。

 

しかし、5か月頃になった時、これまで薬で抑えていた痛みが、激しくなってきた様でした。

当時、父が浴室の鏡の前で苦しんでいるのを母が見た時、父は悔しさから出たのか「まだ早すぎるだろ!」と叫んでいたようです。

 

すい臓がんは手術が難しいため、抗がん剤による延命治療が基本でした。

よって、徐々に進行するガンにより痛みが増していくため、その痛みを和らげるために薬を飲んでいたのですが、いよいよ家で飲む薬では効かなくなってきたのか、入院することになりました。

 

入院中は、都合がつく限り毎週病院へ足を運びました。

父は痛みを抑えるために、モルヒネを点滴しているため、点滴すると意識が朦朧とした状態になるのですが、病院へ足を運ぶたびに、その時間が増えていきました。

 

私は、現実を直視できませんでした。

現地には足を運んではいました。

父と話しはしていましたが、『出来るだけ現実から目を背けられる話をしなければ』と、たわいもない会話に終始してしまい、父と面と向かって向き合うことが出来なかったのです。

 

向き合う事は出来ませんでしたが、背中をさすると気持ちが良かったようで、病院に居る間は、思いついた話をしながら出来るだけ背中をさすったりして過ごしました。

 

そんな日々を過ごす中、少しずつ父の死に対する心の準備が出来ていったと思います。

 

父の死

来るべき時が来ました。

本当に『今夜が峠』、という電話で病院に呼ばれ、家族全員が見守る中、父は亡くなりました。

初めての身内の死でした。

 

父の入院後の闘病期間は1ヵ月程度と短かったため、その姿は私が想像していた、やつれて疲弊しきった様子ではなく、まだ寝てるんじゃ?と思えてしまうような姿でした。

無くなる寸前まで声をかけ続けたのですが、亡くなる直前、意識がハッキリしたのか、私が「また向こうでね!」と掛けた声に、首を縦に振って返答してくれました。

本当に最後を看取れて良かったと思います。

 

その後は、通夜に葬式に各種手続きに、矢継ぎ早にやることが押し寄せて、悲しんでいる暇もなく時が過ぎていきました。

 

父の死を経て(価値観)

父は55才という若さで旅立ちました。

家のローンは、亡くなる前までに繰り上げ返済していたため、退職後は母と色んな所へ旅行に行きたいと話していたようです。

 

母は他県から嫁いで来ましたが、現在では実家は母だけが住んでいます。

 

父が亡くなるまでの半年間、とにかく色んなことを調べたり、治療に行ったり、旅行に行ったりと忙しい時期を過ごしてきましたが、全てが終わった今、良く使われる表現ですが、ぽっかりと穴が開いた、そんな心境でした。

 

そして、改めて人生の意義を考えた末、

『人生はいつ終わるか分からないから、自分の死の間際、後悔しないためにも自分のやりたいことをやらなければならない。』

そして、

『会社勤めしていては、やりたいことなんて出来やしない。有意義な人生を生きるためにも、先ずは経済的自由を目指さなくては。』

という結論に行きつきます。そして、序盤に書いた『繰り返される失敗』に話は繋がっていきます。

 

その後の経験を経て(価値観)

当時は、上項に示したように、

『自分のやりたいことをやるために、経済的自由を目指さなくては』

と感じて、突き進んだ訳ですが、その後の様々な経験、特に現在の師との出会いにより、その価値観は大きく変化しました。

 

そもそも、当時の価値観を別の表現で表せば、『幸せは会社勤めしていては掴めない』ということになってしまいます。

しかし、本当にそうでしょうか?

師と出会い、色々学ぶ中で、『経済的自由』は、『人生の幸福度を測る複数の物差しのうちの一つに過ぎない』と知ります。

また、『会社に勤めていても、自分の使命に生き、幸せな人生を歩んでいる』そんな人は数多く存在するため、それまでの私の価値観が、世の中の現実とズレていることを知ったのです。

 

では、今現在はどう考えているかというと、

『自分を含めた全体が良くなるために、周囲の方と一体となり力を合わせ限界に挑戦していく』ことが大切であり、

『それは勤め人であっても、経営者であっても同じで、異なるのはどれだけの規模を自分で何とかしようとするか。』

なのだと考えています。

 

よって、誰しも先ずは『今いるフィールド』でそういった働きを目指し、その中で成長していけばいいと考えています。

 

最後に

私自身、記事にも書いたように、現在の交友関係は決して多くは無いです。

しかし、周りには自分の人生に前向きな人、何かにチャレンジし前進している人が多いですし、今後もそういった方との繋がりをどんどん広げていきます。

 

今の師、学びと出会ってから本当に色んなことが前進しました。

 

一番身近な奥さんに対し、期待を抱いては叶わないことに腹を立てて、怒りをぶつけ、関係が悪化する。同じ事を延々と繰り返してきましたが、日々の地道な取り組みにより、それが大幅に解消されていっています。

 

そして、それと合わせるように実はトレードの結果も向上しているのです。

日常生活の向上と、トレードの成績向上の因果関係は?偶然でしょうか?

 

当然、奥さんとの関係だけでは無く、仕事関係、人間関係、等、色んな事が改善していっています。

今では、『全ては繋がっている』そう断言できます。全ては繋がっているからこそ、成長速度が上がったのです。それが少しでも実感出来れば、見える世界が一気に変わります。毎日に無駄な時間などない、それが分かります。

 

日常全てが学びになる。それは、仕事への取り組み方が変わり、物事に対しての、人に対しての接し方が変わります。

それにより、日常が輝き出します。



私自身も、学びを続ける一生徒であり、現状の至らない点も多々あるのですが、それでも私に出来ることは必ずあります。

そして、自分以外の人のために尽くすほど、人生がより良くなっていくというのは、人生の原理原則です。

 

理想を言えば、私も学び得てきたことを、他の方へ伝え、それが更に他の方へ伝わっていく。それにより、エネルギーの循環が起こせれば、私としては最高に嬉しいです。

 

長々と書きましたが、これまでなかなか自分の人生を振り返ることが出来なかった中、こういった作業は、自分自身を発掘するという意味で、良い学びになりました。

 

5年後、10年後に振り返った時、ここに書いた想いをベースに公開なく行動を積み重ねられたと自信を持って言えるように、日々を、毎瞬を積み重ねていきます。

 

ここまでお読みくださって誠にありがとうございました。

こんな感じの私ですが、もしも気になることがあれば、気軽にメッセージを頂ければと思います。

それでは、みなさまの日々が希望に満ちたものでありますように。